コンパイラの技術と関数電卓プログラム(2)
前半では、1文字の数字と簡単な演算子で表現される計算式を再帰下降パーサで計算する処理で、演習を行った。
後半は、さらに実際のコンパイラに近いものとして、 C言語で広く使われている、字句解析ツール(lexical analyzer : lex or flex)、 構文解析ツール(parser : yacc or bison) を使って、 さらに現実的な関数電卓プログラムを作ってみる。
lex or flex による字句解析
lexは、字句解析のプログラムを自動生成するツール。 “%%”行の内側に、正規表現によるルールとその処理(アクション)を書き並べる。 また、“%{ … %}”の内側に、その処理に必要なC言語のソースを書き、 lex で処理を行うと、lex.yy.c というC言語のソースを出力する。
lex.yy.c の中には、yylex() という関数が自動的に作られ、次に示す構文解析ツール(yacc or bison)から呼び出される。
# flex は、lex の改良版。
(( mycalc.l )) %{ // lexの %{ %} の内側は、C言語のプログラム #include <stdio.h> // yaccが出力するヘッダファイル #include "y.tab.h" int yywrap( void ) { // 1: スキャナ終了 // 0: yyin を切り替えて継続 return 1 ; } %} %% // %% から %% までは、lex の正規表現とその処理を記述する場所。 "+" return ADD ; // 演算子の種類を示す定数 ADD,SUB,...が定義される "-" return SUB ; "*" return MUL ; "/" return DIV ; "\n" return CR ; [0-9][0-9]* { // 入力はyytextに格納されている。 int temp ; sscanf( yytext , "%d" , &temp ) ; yylval.int_value = temp ; // 返り値は、字句(トークン)の種別を表す定数 return INT_LITERAL; // 整数リテラルを返す } %%
このプログラムを、lex で処理させると、正規表現“+” 記号に ADD という定数記号を割り振るとか、正規表現の数字列” [0-9][0-9]* “をみつけると、その正規表現に対する{〜}までに書かれたアクションを処理するため、文字列から数値を生成(sscanf)して、その場合の記号に INT_LITERAL という定数記号を割り振る…といった処理のプログラムを自動生成してくれる。(INT_LITERALは構文解析側で定義する定数)
- mycalc.l
- 参考: lex のそれ以外の文字の処理を追加しておいてください。
yacc or bison
yacc ( Yet Another Compiler Compiler ) もしくはその改良版の bison は、構文解析のプログラムを自動生成してくれるツールである。構文をBNF記法で記載すると、字句解析ツール(lex等)を呼び出しながら構文に合わせたトークンの出現に応じた状態遷移のための「遷移テーブル」を自動生成し、 その遷移テーブルを用いた処理のプログラムをC言語で出力してくれる。
先に示した字句解析プログラム(lex)は、様々なトークン(C言語なら演算子やキーワード)とデータ(C言語なら数値や文字列)を返す。このデータには様々な場合考えられるので、 そのトークンに合わせたデータの型を “%union” の中に記載する(中身はC言語の共用体)。 “%%”〜”%%” の間には、BNF記法の(ルール)と、それに対応する処理(アクションは“{ }”の中の部分)を記載する。最初の“%{ … %}”の間には、それ以外の処理に必要なC言語の処理を記載する。
# bison(水牛)は、yacc(山牛)の改良版。
(( mycalc.y )) %{ #include <stdio.h> #include <stdlib.h> // yacc が定義する内部関数のプロトタイプ宣言 #define YYDEBUG 1 extern int yydebug ; extern int yyerror( char const* ) ; extern char *yytext ; extern FILE *yyin ; // 最初に呼び出される関数yyparse() extern int yyparse( void ) ; // 字句解析を呼び出す関数yylex() extern int yylex( void ) ; %} // 字句(トークン)の定義 %union { int int_value; } %token <int_value> INT_LITERAL %token ADD SUB MUL DIV CR %type <int_value> expression term primary_expression %% // 構文の定義 line_list : line // 行の繰り返し | line_list line ; line : expression CR { printf( ">>%d\n" , $1 ) ; } ; // 以下のBNFルールは、単純に再帰に置き換えると // 無限に再帰して異常終了するものであることに注意 expression : term | expression ADD term { $$ = $1 + $3 ; } | expression SUB term { $$ = $1 - $3 ; } ; term : primary_expression | term MUL primary_expression { $$ = $1 * $3 ; } | term DIV primary_expression { $$ = $1 / $3 ; } ; primary_expression : INT_LITERAL ; %% // 補助関数の定義 int yyerror( char const* str ) { fprintf( stderr , "parser error near %s\n" , yytext ) ; return 0 ; } int main( void ) { yydebug = 0 ; // yydebug=1 でデバッグ情報表示 yyin = stdin ; if ( yyparse() ) { // 構文解析を開始 fprintf( stderr , "Error ! Error ! Error !\n" ) ; exit( 1 ) ; } }
yacc では、%%-%%の間に書かれたBNF記法によるルールとアクションをプログラムに変換してくれる。BNF記法の要素は、“要素 : ルール1 {アクション1} | ルール2 {アクション2} | … ;” といった構成になっている。要素 expression に対するルール “expression ADD term“では、ルールの各要素をアクションで参照する時には、$1,$2,$3 といった変数を利用できる。ルール「加算式 + 乗算式」という文になっている部分を見つけると、そのルールに対応するアクション“{ $$ = $1 + $3 ; }”「$1(加算式部分の値)と、$3(乗算式の部分)の値を加えて、$$(式の結果)に代入する」といった処理を生成してくれる。yyparse() 関数を呼び出すと、構文の一番最上部の line_list に相当する処理が起動される。yyerror()は、構文解析の途中で文法エラーになった時に呼び出される関数。
生成されるパーサの内容に興味があるなら、生成される y.tab.c の内容を読むと良い。
make と Makefile
これらのプログラムでは、字句解析プログラム mycalc.l から生成された lex.yy.c, y.tab.h と, 構文解析プログラム mycalc.y から生成された y.tab.c を組合せて1つの実行ファイルにコンパイルする。 これらの手順は煩雑なので、make ツールを使う。
make は、 Makefile に記載されている“ターゲット”と、それを作るために必要な“依存ファイル”、 “依存ファイル”から”ターゲット”を生成する処理“アクション”から構成される。 make は、ターゲットと依存ファイルの更新時間を比較し、 必要最小限の処理を行う。
基本的な Makefile の書き方は、
ターゲット: 依存ファイル... アクション # アクションの前はタブ
の様に書き、依存ファイルが更新されていたら、アクションを実行し、ターゲットを更新する。
以下に、今回の課題で使用する Makefile を示す。
(( Makefile )) # 最終ターゲット mycalc: y.tab.o lex.yy.o gcc -o mycalc y.tab.o lex.yy.o # 構文解析処理 y.tab.o: mycalc.y bison -dy mycalc.y # -dy : yacc互換モード gcc -c y.tab.c # 字句解析処理 lex.yy.o: mycalc.l mycalc.y flex -l mycalc.l # -l : lex互換モード gcc -c lex.yy.c # 生成ファイルの削除ルール clean:; rm mycalc y.tab.c y.tab.h lex.yy.c *.o (( ファイルの依存関係のイメージ図 )) mycalc.l mycalc.y | \ | lex.yy.c y.tab.h y.tab.c | \ | lex.yy.o y.tab.o \ / mycalc
この課題にあたり、後半の実験では flex, bison などの unix 系プログラミング環境を利用する。
macOS の利用者であれば MacPorts や Homebrew 、Windows 利用者であれば、wsl2(Windows subsystem for Linux) や Cygwinなどをインストールし実行すること。
今回の実験であれば、linux(Debian系)ならば、”sudo apt-get install flex bison gcc make” にて、必要なパッケージをインストールして実験を行うこと。
コンパイラの技術と関数電卓プログラム(1-2)
前回の実験資料では、再帰下降パーサについて説明し、サンプルプログラムを示した。
演算子の左結合・右結合
ここで、プログラムの実際の動きについて考えてみる。前回の乗除式の BNF 記法による定義は以下のようであった。
exp_乗徐式 ::= DIGIT '*' exp_乗徐式 | DIGIT '/' exp_乗徐式 | DIGIT ;
このBNFによる文法において、1*2*3 を考えると、以下のように解析がすすむ。
しかし、これでは 1*(2*3) であり、右結合にて処理が行われたことになる。
exp_乗徐式 /|\ DIGIT| exp_乗徐式 | | /|\ | |DIGIT| exp_乗徐式 | | | | | | | | | DIGIT | | | | | 1 * 2 * 3
左結合とするには
これをC言語で一般的な、(1*2)*3 といった左結合の処理になるように、BNF 記法の文法を下記のように書き換えるかもしれない。
exp_乗徐式 ::= exp_乗徐式 '*' DIGIT | exp_乗徐式 '/' DIGIT | DIGIT ;
しかし、このBNF記法をそのまま下記のような再帰に置き換えると、再帰が無限に続き異常終了してしまう。
int exp_MUL_DIV( ... ) { int left = exp_MUL_DIV( ... ) ; if ( **endp == '*' ) { (*endp)++ ; if ( isdigit( **endp ) ) { int right = **endp - '0' ; (*endp)++ ; return left + right ; } } else ... : }
左結合のプログラムにする場合は、BNF記法の処理を杓子定規に再帰プログラムで記述する必要はない。
空白除去
プログラム中の空白を無視するのであれば、以下のような補助関数を作っておくと便利かな。使い方は考えること。
void skip( char**ppc ) { while( isspace( **ppc ) ) (*ppc)++ ; }