移動平均の処理
前回の授業で説明したようなA/D変換した数値データを読み取った場合、どのようなことが発生するか考える。
例えば、以下に示すような測定値があったとする。
このデータの一部をグラフ化してみると、次のような波形であった。
この波形をみると、大きく見ればsinカーブだが、細かい点を見るとデータにブレがある。
誤差の原因
このような測定結果が得られた場合、本来コンピュータで処理したいデータは何であろうか?
原因は様々なものが考えられるが、
- 回路のノイズ対策が不十分で、外部の電気的な影響が混入。
オシロスコープで周期を図ると、60Hz なら、交流電源だったり… - D/A 変換を行う場合には、量子化誤差かもしれない。
例えば、最初の波形が、加速度センサーの値であったとして、船の上で揺れているために、大きな周期で加速度が変化しているかもしれない。一方で、船自体がエンジンによる揺れで加速度が変化しているかもしれない。
船の中で波の揺れと、エンジンの揺れが観測されている加速度センサーの情報で、船の揺れの大きさ・揺れの周期を知りたい場合、どうすればいいだろうか?
移動平均を計算してみる
このデータを見ると、10個のデータまでの間で、波形が上下に変動している。船の揺れとエンジンの揺れが原因であれば、10個ぐらいのデータのゆらぎが、エンジンによる揺れと考えられる。では、この10個ぐらいの範囲で値が上下の影響を減らしたければ、どうすればいいか?一番簡単な方法は、前後10個のデータで平均を取ればいいだろう。増減する値を加えれば、プラスの部分とマイナスの部分の値が相殺されて0に近くはず。そこでは、Excel で前後データの平均をとってみよう。
Excelで前後11点の平均を求める式をセルに入れる
青線:元波形データ(B列)、赤線:前後11点の平均(C列)
このように、データの前後の決められた範囲の平均を平均する処理は、移動平均(単純移動平均)と呼ぶ。
時間tにおけるデータをとした場合、前後5点の移動平均
は、以下のような式で表せるだろう。
単純移動平均
単純移動平均は、時刻tの平均を、その前後のデータで平均を求めた。この方式は、実際には与えられた波形のデータを全部記録した後に、単純移動平均をとる場合に有効である。
しかし、時々刻々変化する測定値の平均をその都度使うことを考えると、上記の方法は、未来の測定値
を使っていることから、現実的ではない。
// 単純移動平均(未来の値も使う) #define NS 3 int x[ SIZE ] ; // 入力値 int y[ SIZE ] ; // 出力値 for( int t = NS ; t < SIZE-NS ; t++ ) { int s = 0 ; for( int i = -NS ; i <= +NS ; i++ ) // 2*NS+1回の繰り返し s += x[t+i] ; y[t] = s / (2*NS + 1) ; }
過去の値だけを使った移動平均
そこで、過去の値だけで移動平均をとることも考えられる。
この、単純移動平均と、過去の値だけを使う単純移動平均を、適当な測定値に対して適用した場合のグラフの変化を Excel によってシミュレーションした結果を以下に示す。
しかし、このグラフを見ると、波形後半の部分に注目するとよく分かるが、過去の値だけを使った移動平均では、測定値が立ち上がったのを追いかけて値が増えていく。これでは移動平均は時間的な遅れとなってしまう。
// 未来の値を使わない単純移動平均 for( int t = NS ; t < SIZE ; t++ ) { int s = 0 ; for( int i = 0 ; i <= NS ; i++ ) // NS+1回の繰り返し s += x[t-i] ; y[t] = s / (NS+1) ; }こ
コロナ感染者数のデータの見せ方
最近は、コロナ感染者数の増減のグラフを見る機会が多い。例えば、以下のようなグラフ(神奈川県のデータを引用)を見ると、新規感染者数は青の棒グラフで示されている。しかし、土日の検査が月曜に計上されたりするため、青の棒グラフは週ごとに増減があって分かりにくいため、移動平均の値が合わせてオレンジ色の折れ線グラフで表示されている。しかし、オレンジ色のグラフは、青のグラフより少し右にずれていると思いませんか?
これは、移動平均といっても過去7日間の平均をグラフ化しているため、数日分だけ右にずれているように見えている。ずれが無いように見せたいのなら、3日前から3日後のデータの移動平均であれば、ずれは無くなると思われる。
加重移動平均
過去の値を使った移動平均では遅れが発生する。でも、平均を取る際に、「n回前の値」と「現在の値」を考えた時、「その瞬間の平均値」は「現在の値」の方が近い値のはず。であれば、平均を取る時に、「n回前の値は少なめ」「現在の値は多め」に比重をかけて加算する方法がある。
for( int t = 3 ; t < SIZE ; t++ ) { // 数個の移動平均だし、 // ループを使わずに書いてみる。 int s = x[t] * 3 // 現在の値は大きい重み + x[t-1] * 2 // 1つ前の値 + x[t-2] * 1 ; // 2つ前の値(重みは最小) y[t] = s / (3+2+1) ; }
この様に、過去に遡るにつれ、平均をとる比重を直線的に小さくしながら移動平均をとる方法は、加重移動平均と呼ばれる。以下にその変化をExcelでシミュレーションしたものを示す。
指数移動平均
ここまで説明してきた、単純移動平均や、加重移動平均は、平均をとる範囲の「過去の値」を記憶しておく必要がある。広い時間にわたる移動平均をとる場合は、それに応じてメモリも必要となる。これは、組み込み型の小型コンピュータであれば、メモリが足りず平均処理ができない場合もでてくる。
そこで、荷重移動平均の重みを、は、100%,
は50%,
は25%… というように、過去に遡るにつれ、半分にして平均をとる。
しかし、以降の項で、
を使うと以下のように書き換えることができる。
// 指数移動平均は、プログラムがシンプル // 1つ前の平均y[t-1]を覚えるだけでいい。 for( int t = 1 ; t < SIZE ; t++ ) { y[t] = ( x[t] + y[t-1] ) / 2 ; }
この方法であれば、直前の平均値を記録しておくだけで良い。このような移動平均を、指数移動平均と呼ぶ。
ここで示した指数移動平均は、過去を遡るにつれとなっているが、これをさらに一般化した指数移動平均は、以下の式で示される。前述の移動平均は、
とみなすことができる。
#define ALPHA 0.5 for( int t = 1 ; t < SIZE ; t++ ) { y[t] = ALPHA * x[t] + (1.0 - ALPHA) * y[t-1] ; }
以下のプログラムは、うまく動かない。理由を説明せよ。
#define RVA 4 for( int t = 1 ; t < SIZE ; t++ ) { // 以下はy[t]は全部ゼロになる。 y[t] = 1/RVA * x[t] + (1.0 - 1/RVA) * y[t-1] ; // 以下は、整数型演算だけで、正しく動くだろう。 // y[t] = ( x[t] + (RVA-1) * y[t-1] ) / RVA ; }
理解度確認のための小レポート
上記の移動平均の理解のために、以下の資料(講義では印刷資料を配布)の表の中を、電卓などを使って計算せよ。
計算したら、その結果をグラフの中にプロットし、どういった波形となるか確認し、レポートとして提出すること。
この課題は、こちらの Teams フォルダに提出してください。
オブジェクト指向とソフトウェア工学
オブジェクト指向プログラミングの最後の総括として、 ソフトウェア工学との説明を行う。
トップダウン設計とウォーターフォール型開発
ソフトウェア工学でプログラムの開発において、一般的なサイクルとしては、 専攻科などではどこでも出てくるPDCAサイクル(Plan, Do, Check, Action)が行われる。 この時、プログラム開発の流れとして、大企業でのプログラム開発では一般的に、 トップダウン設計とウォーターフォール型開発が行われる。
トップダウン設計では、全体の設計(Plan)を受け、プログラムのコーディング(Do)を行い、 動作検証(Check)をうけ、最終的に利用者に納品し使ってもらう(Action)…の流れで開発が行われる。設計(Plan)の中身は、要件定義や機能仕様や動作仕様…といった細かなフェーズになることも多い。 この場合、コーディングの際に設計の不備が見つかり設計のやり直しが発生すれば、 全行程の遅延となることから、前段階では完璧な設計が必要となる。 このような、上位設計から下流工程にむけ設計する方法は、トップダウン設計などと呼ばれる。また、処理は前段階へのフィードバック無しで次工程へ流れ、 川の流れが下流に向かう状態にたとえ、ウォーターフォールモデルと呼ばれる。
このウォーターフォールモデルに沿った開発では、横軸時間、縦軸工程とした ガントチャートなどを描きながら進捗管理が行われる。
引用:Wikipedia ガントチャート
V字モデル
一方、チェック工程(テスト工程)では、 要件定義を満たしているかチェックしたり、基本設計や詳細設計が仕様を満たすかといったチェックが存在し、テストの前工程とそれぞれ対応した機能のチェックが存在する。 その各工程に対応したテストを経て最終製品となる様は、V字モデルと呼ばれる。
引用:@IT Eclipseテストツール活用の基礎知識
しかし、ウォーターフォールモデルでは、(前段階の製作物の不備は修正されるが)前段階の設計の不備があっても前工程に戻るという考えをとらないため、全体のPDCAサイクルが終わって次のPDCAサイクルまで問題が残ってしまう。巨大プロジェクトで大量の人が動いているだから、簡単に方針が揺らいでもトラブルの元にしかならないことから、こういった手法は大人数巨大プロジェクトでのやり方である。
ボトムアップ設計とアジャイル開発
少人数でプログラムを作っている時(あるいはプロトタイプ的な開発)には、 部品となる部分を完成させ、それを組合せて全体像を組み上げる手法もとられる。 この方法は、ボトムアップ設計と呼ばれる。このような設計は場当たり的な開発となる場合があり設計の見直しも発生しやすい。
また、ウォーターフォールモデルでは、前工程の不備をタイムリーに見直すことができないが、 少人数開発では適宜前工程の見直しが可能となる。 特にオブジェクト指向プログラミングを実践して隠蔽化が正しく行われていれば、 オブジェクト指向によるライブラリの利用者への影響を最小にしながら、ライブラリの内部設計の見直しも可能となる。 このような外部からの見た挙動を変えることなく内部構造の改善を行うことはリファクタリングと呼ばれる。
一方、プログラム開発で、ある程度の規模のプログラムを作る際、最終目標の全機能を実装したものを 目標に作っていると、全体像が見えずプログラマーの達成感も得られないことから、 機能の一部分だけ完成させ、次々と機能を実装し完成に近づける方式もとられる。 この方式では、機能の一部分の実装までが1つのPDCAサイクルとみなされ、 このPDCAサイクルを何度も回して機能を増やしながら完成形に近づける方式とも言える。 このような開発方式は、アジャイルソフトウェア開発と呼ぶ。 一つのPDCAサイクルは、アジャイル開発では反復(イテレーション)と呼ばれ、 短い開発単位を反復し製品を作っていく。この方法では、一度の反復後の実装を随時顧客に見てもらうことが可能であり、顧客とプログラマーが一体となって開発が進んでいく。
引用:コベルコシステム
エクストリームプログラミング
アジャイル開発を行うためのプログラミングスタイルとして、 エクストリームプログラミング(Xp)という考え方も提唱されている。 Xpでは、5つの価値(コミュニケーション,シンプル,フィードバック,勇気,尊重)を基本とし、 開発のためのプラクティス(習慣,実践)として、 テスト駆動開発(コーディングでは最初に機能をテストするためのプログラムを書き、そのテストが通るようにプログラムを書くことで,こまめにテストしながら開発を行う)や、 ペアプログラミング(2人ペアで開発し、コーディングを行う人とそのチェックを行う人で役割分担をし、 一定期間毎にその役割を交代する)などの方式が取られることが多い。
リーン・ソフトウェア開発は、トヨタ生産方式を一般化したリーン生産方式をソフトウェア開発に導入したもの。ソフトウェアでよく言われる話として「完成した機能の64%は使われていない」という分析がある。これでは、開発に要する人件費の無駄遣いとみることもできる。そこで、品質の良いものを作る中で無駄の排除を目的とし、本当にその機能は必要かを疑いながら、優先順位をつけ実装し、その実装が使われているのか・有効に機能しているのかを評価ながら開発をすすことが重要であり、リーン生産方式がソフトウェア開発にも取り込まれていった。
伽藍(がらん)とバザール
これは、通常のソフトウェア開発の理論とは異なるが、重要な開発手法の概念なので「伽藍とバザール」を紹介する。
伽藍(がらん)とは、優美で壮大な寺院のことであり、その設計・開発は、優れた設計・優れた技術者により作られた完璧な実装を意味している。バザールは有象無象の人の集まりの中で作られていくものを意味している。
たとえば、伽藍方式の代表格である Microsoft の製品は、優秀なプロダクトだが、中身の設計情報などを普通の人は見ることはできない。このため潜在的なバグが見つかりにくいと言われている。
これに対しバザール方式の代表格の Linux は、インターネット上にソースコードが公開され、誰もがソースコードに触れプログラムを改良してもいい(オープンソース)。その中で、新しい便利な機能を追加しインターネットに公開されれば、良いコードは生き残り、悪いコードは自然淘汰されていく。
このオープンソースを支えているツールとしては、プログラムの変更履歴やバージョン管理を行う分散型バージョン管理システム git が有名であり、Linux のソフトウェア管理などで広く利用されている。。
オープンソースライセンス
バザール方式は、オープンソースライセンスにより成り立っていて、このライセンスが適用されていれば、改良した機能はインターネットに公開する義務を引き継ぐ。このライセンスの代表格が、GNU パブリックライセンス(GPL)であり、公開の義務の範囲により、BSD ライセンス、Apacheライセンスといった違いがある。
コピーレフト型 | GNU ライセンス(GPL) | 改変したソースコードは公開義務, 組み合わせて利用で対応箇所の開示。 |
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準コピーレフト型 | LGPL, Mozilla Public License | 改変したソースコードは公開義務。 | ![]() |
非コピーレフト型 | BSDライセンス, Apacheライセンス | ソースコードを改変しても公開しなくてもいい。 | ![]() ![]() |
GPLライセンスのソフトウェアを組み込んで製品を開発した場合に、ソースコード開示を行わないとGPL違反となる。大企業でこういったGPL違反が発生すると、大きな風評被害による損害をもたらす場合がある。